2012年01月21日

復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その6 経済の自立化に向けた発想の転換を ゲーミング産業の導入で国際観光都市へ




復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その6


 

経済の自立化に向けた発想の転換を


 

ゲーミング産業の導入で国際観光都市へ



 司会 仲井眞会頭が議長を務める沖縄県経済団体会議は、昨年10月に小池百合子沖縄担当大臣に対し、17項目にわたる要望書を提出しておりますが、そのうちいくつかの項目の要望内容について、ご説明を頂きたいと思います。


沖振法の一部改正等で自立化を


 仲井眞会頭 沖縄県経済団体会議は、県内経済団体11組織で構成されておりますが、昨年10月に小池百合子沖縄担当大臣に対し、17項目について要望書を提出しております。


そこでは時間の問題もあり7項目の要望内容についてご紹介することに致します。


まずはじめに沖縄県は、これまで国の特段のご支援により諸基盤の整備が進められたことにより着実に発展して参りましたが、産業振興の面では総じて立ち後れており、若年層を中心とした雇用情勢は依然として厳しく、自立的経済の構築が大きな課題となっております。


幸いなことに県経済を引率すべく観光面が極めて好調であり、平成
15年は入域観光客数が初めて500万人を突破しており、さらには、沖縄科学技術大学院大学の学長の決定や先行的研究事業の実施において、構想検討段階から事業執行段階へと大きな前進が見られるなど明るい兆しもあります。


このような中にあって、平成
16年度は、沖縄振興計画の実施計画である観光、情報通信等の第一次分野別計画の最終年度にあたります。


各分野別の推進状況を総括点検し、次期分野別計画に反映させ、県経済を享える観光・リゾート産業をはじめ、各種産業のさらなる振興と雇用の創出・確保に努めなければならない重要な年であります。


また、今年4月に開催されるI
DB年次総会への一層の取り組み強化や沖縄科学技術大学院大学の関学に向けた取り組み等、地域経済の発展に繋がる各種プロジェクトについても積極的に推進することが求められております。


小池大臣におかれましては、このような状況をご斟酌いただき、今後の沖縄経済の自立的発展を実現するためにも、それぞれの事項についてさらなるご尽力を賜わりたく要望を致しました。


まず1つには、日米地位協定の見直し並びに米軍基地の整理縮小についてであります。


日米地位協定については、近年、一定の運用改善が図られているものの、末だ米軍基地等に起因する事件・事故や環境汚染、軍人・軍属等による犯罪は県民生活に多大な影響を及ぼしております。同協定は、締結から
40余年一度も見直されることなく現在に至っており、締結時とは社会情勢が大きく変化した今日、もはや運用改善だけでは派生する諸問題の解決は図れないことから、協定の抜本的見直しが必要であると考えます。


また、在日米軍施設の
75パーセントが沖縄に集中している現状がら、県民の負担は計り知れず、県民の負担軽減を図るためには、米軍基地の整理縮小が必要であります。


日米地位協定の抜本的見直しおよび米軍基地の整理縮小については、国内法制度との関わりや2国間の協議によることから時間がかかるものと存じますが、その実現について特段のご配慮をお願い致しますという内容です。


2つには、三位一体の改革における財政上の特別措置についてであります。


国・地方を通じて進められている三位一体の改革による国庫補助負担金の改革において、沖縄分は約
660億円に上ると県の試算が出ております。自主財源の乏しい本県にとっては、改革の実施に伴い確実に措置がなされることが必要です。高率補助など特例措置につきましては、三位一体の改革が進められる中においても沖縄振興特別措置法の趣旨が損なわれることのないよう、必要な措置を講じていただきたく、特段のご配慮をお願い申し上げました。


3つには、那覇空港沖合展開による早期拡張整備についてであります。


那覇空港は、平成
1212月の国土交通省交通政策審議会航空分科会において「主要地域拠点空港」として位置つけられ、「将来にわたって国内外航空ネットワークにおける拠点性を発揮し得るよう、幅広い合意形成を図りつつ、国と地域が連携し総合的な調査を進める必要がある」との答申が出されております。那覇空港の沖合展開による拡張整備を早期に実現するためにも調査費の継続的な予算確保について特段のご配慮をお願い致しました。


4つには、新石垣空港の早期建設についてであります。


八重山群島における航空路線は、住民生活や産業振興上極めて重要な交通手段ですが、現石垣空港は滑走路が短いことや市街地に臆接していることなどから、騒吉や離着陸時の危険性等多くの問題を抱えております。これらの問題を解決するため新石垣空港が計画され
20年余の歳月を経てようやく建設位置が決定し国の来年度概算要求に初めて実施設計調査費が計上されております。


八重山群島の振興発展を図るためには、新石垣空港の早期建設が重要かつ喫緊の課題であることから、空港早期建設について特段のご配慮をお願い致しました。


5つには、東部海浜リゾート開発についてであります。


沖縄市では、これまでの基地依存型経済から脱却し、自立型経済への転換を図るため、本市の将来像を「国際文化観光都市」と位置づけて地域振興を図って参りました。


しかし、市域の約
36パーセントを占める軍用地や市街地の過密化などにより、国際交流リゾート地域を形成するためのまとまった開発用地を求めることが困難な状況にあります。沖縄市の経済振興を図り、国際交流リゾート拠点等を形成するためには、東部海浜地域の開発が必要であり、その推進について特段のご配慮をお願い致しました。


6つには、沖縄西海岸道路並びに臨海道路浦添線の早期整備についてであります。


沖縄県は道路網密度が低く、増大かつ多様化する交通需要への対応が不十分であります。とりわけ本県物流の大動脈である国道
58号の渋滞は厳しく、経済的損失は多大で、道路網のより体系的な整備と質的向上が求められております。そのためには沖縄西海岸道路並びに臨海道路浦添線の早期整備・実現が必要であり特段のご配慮をお願い致しました。


7つには、公共事業予算の確保についてであります。


民間建設投資の低迷や公共事業予算の削減によって、建設業界の経営環境は一段と厳しい状況にあります。財政構造改革が進められる中、公共事業予算の増大が困難なことは十分承知しておりますが、公共投資への依存度が高い本県の経済活性化を図るためには、乗数効果の高い公共事業の推進が是非とも必要であります。


平成
17年度予算編成におきましては、本県の遅れている社会資本整備の推進と地域経済活性化を図るため、本年度予算を上回る公共事業予算の確保について特段のご配慮をお願い致しました。


〔鰹t夏秋冬社発行 月刊「自治新報」
20051月新春号〕



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2012年01月20日

復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その5





復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その5


経済の自立化に向けた発想の転換を


 

ゲーミング産業の導入で国際観光都市へ


 司会 沖縄の現状と課題についても話題を展開して頂きたいと思います。


ご承知のように、長引く景気低迷により国、地方自治体を併せた借金が
700兆円を上回る状況の中で、本年度に引きつづき平成17年度および平成18年度まで三位一体改革が推進されることになっております。


すでに平成
17年度においても本年度並みの169,000億円の地方交付税が確定し、また沖縄県においては特例交付金制度を創設されることになっているなど、沖縄県側に配慮した施策が打ち出されております。


しかし、沖縄県は全国に比べ自主財源が乏しい中で、市町村の合併によって財政の健全化が推進されております。このような状況についてもお話を頂きたいと思います。


 仲井眞会頭 先程は、復帰後沖縄振興開発特別措置法に基づく高率補助の適用による社会資本の整備が進展したことや、本土における日本政策投資銀行、国民生活金融公庫、住宅金融公庫、農村漁業金融公庫、中小企業金融公庫の融資業務を一元化した沖縄振興開発金融公庫が設置され、沖縄振興発展に大きく貢献してきているというメカニズム以外にも具志堅用高をはじめとする渡嘉敷、平仲の3人の世界プロボクシングチャンピオンの誕生をはじめ、若い子供達の
NHK紅白歌合戦への出場や、尚学院の甲子園大会での全国制覇、NHKのちゆらさんなどの放映により、全国民の沖縄への関心が衰えていない状況にありましたが、昨年は女子プロゴルフの宮里藍選手の活躍もあり、全国民の沖縄へ対する応援の輪が広がりを持つようになったことに感謝申し上げたいと思っております。


1972
年の本土復帰以降、わが国は昭和48年と昭和53年の二度にわたるオイルショツクにより経済の落ち込みもありましたが、それを克服し以降1992年のバブル崩壊までの約20年間において、政府のみならずあらゆる分野で全国民から関心を寄せられ、また支援を頂き膨らみができたといえると思っております。


それから
1992年以降バブル経済崩壊後の長期にわたる景気低迷にもかかわらず国や、国民の沖縄に対する関心と支援があったことと、県民の才能が触発された面があって比較的よい結果を出すことに結びついたといえると思います。


沖縄の恵まれた海や空といった自然とわが国唯一の亜熱帯地域で年中温暖であることと、ゴーヤー等の健康によい食材や、薬草など健康ブーム長寿県としてのイメージの定着もあり、沖縄の持つ資質は人間を含めて開花しつつあるという印象があります。それは政府の沖縄に対する適切なる施策の推進と全国民からイチヤリバチョウデーといったホスピタリティがあり。それが沖縄に対する関心の高まりや親しみに結びついているといえるんじゃないでしょうか。


沖縄観光について申し上げるならば、沖縄美ら海水族館や首里城正殿などの施設が整備され、またインフラとしては空港や港湾、道路、住宅などに政策的に整備されてさましたが、観光については本来、あまり政策対象となっていない産業分野です。従って民間企業のビジネスとしてホテルや航空会社、観光関連産業など民間の自らの創意工夫をあわせて民間が努力してきた結果、今日のように沖縄経済を支えるリーディング産業として発展してきたことがあると思います。


バブル経済が崩壊して
10年以上が経過しておりますが、その間全国各地域においていろいろなご苦労があり、さらに国民の価値観が多様化し、大きな変革期を迎えております中で沖縄においても価値観やニーズの多様化が進む中で、成果も出てさておりますが、一方においては影の部分もあり、また課題も出てきていると思います。


このような中で、国の沖縄に対する財政面からの施策の展開や全国民の支援などもあって県民が触発されてビジネスの面においても開花しつつあるということはいえると思います。


それらを踏まえて現在推進している第
4次沖縄振興計画の中にも産業振興やIT産業、観光、バイオ、金融特区、健康食品の開発など沖縄県経済の自立化に向けた取り組みがなされているところであります。


それから先程は音楽やスポーツ、芸能の面で沖縄県出身者が活躍しているというお話を致しましたが、人材の面でも健闘をしております。


琉球大学に医学部が設置されたときは、他府県出身者で占められるんじゃないかという予想もありましたが、現在は毎年多くの県出身者も合格しており、学問の面でもよく健闘しているといえると思います。


また、地方分権法の施行に伴う市町村合併についても各地域において取り組みがなされ、三位一体改革などが推進されております。


地方分権法施行のねらいは、これまでの国と地方との主従の関係から対等の関係にするとともに権限も財源も地方に移譲するということであったのが、国家財政も一段と厳しくなったことから、財政の地方自治体への移譲はスムーズに行かない状況になっております。ただ平成
17年度の地方交付税は本年度並みの169,000億円が決定したことや、沖縄については特例措置により財源が確保できることになりましたことは、ひとまず安心しているところです。


国家財政が厳しい状況が当分続くことが予想されておりますが、沖縄の場合はこの苦しい状況を知恵と工夫で乗り切り、沖振法などをうまく活用していけば活路は見い出せるというヒントは出ておりますので、何とかこれからもやって行けるという希望は持てると思っております。


〔鰹t夏秋冬社発行 月刊「自治新報」
20051月新春号〕



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2012年01月19日

復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その4






復帰以降の沖縄経済と自立発展に向けての展望 その4


経済の自立化に向けた発想の転換を


ゲーミング産業の導入で国際観光都市へ


 司会 復帰以降の沖縄経済の歩みをふりがえってみますと飛躍的な発展を遂げたのが観光産業で、今や沖縄経済を支える柱になっております。今後も引き続き沖縄のリーディング産業として位量づけた施策の展開が行われているところであり、第4次沖縄振興計画の最終年次の平成23年には、650万人を想定しておりますが、観光施設等の整備などによっては、その目標を大幅に上回ることも期待できるものと私は見ております。


そこで、國場沖縄経済同友会代表幹事には、観光を中心に復帰以降がら今日までの経済の歩みについても話題を展開して頂きたいと思います。


海洋博開催で沖縄観光が脚光


 國場代表幹事 先程来お話がありましたように、昭和47年5月15日の復帰に伴い、政府は沖縄振興開発特別措置法を制定し、同法に基づく高率補助の適用を受けて社会資本の整備が各面にわたって積極的に推進されてきた結果、各面にわたる社会資本の整備は一段と進展をみたことは、仲井眞会頭からも先程お話があったとおりであります。


昭和
47年に策定された第1次沖縄振興開発計画においては、工業立県を目指した計画となっておりましたが、計画では本土アルミ製錬5杜による石川地先での事業計画や松下電機の糸満市への進出、さらには具志川市への造船企業の誘致等計画または誘致運動が展開されましたが、本土において公害問題が大きな社会問題としてクローズアップされたことや、昭和48年秋の第1次オイルショック等により総需要抑制政策が展開されたことなどにより、工業立県に向けての計画は挫折致しました。


沖縄における観光が全国的に脚光を浴びるようになったのは、海その望ましい未来をテーマとした沖縄国際海洋博覧会が昭和
50年7月から昭和51年1月まで、本部町において開催されたことが今日の観光入込客500万人台達成の契機となったことは、承知の通りであります。


この海洋博覧会の開催に向けて、国道
58号の拡幅をはじめ、許田・石川間の沖縄自動車道が開通し、さらに昭和62年の海邦国体においては、石川から那覇まで沖縄自動車道が開通するなどイベントを中心として沖縄における道路交通網をはじめとする社会資本の整備が一段と推進されました。


観光の面についてもう少し具体的に説明を致しますと、昭和47年における観光入り込み客数は445,000人であったのが、海洋博が開催された昭和50年には1558,000人と一気に100万人台を大幅に突破し、その後も比較的順調に年々記録を更新し、ついには平成15年には508万人を記録致しました。


このように、沖縄観光が飛躍的に伸びた背景には、県や県内観光団体、航空会社等の努力もありますが、さらに首里城の開園や平成
1411月にオープンした沖縄美ら海水族館等の観光施設の整備なども沖縄観光の振興発展に大きく寄与しているといえると思います。


それから平成不況と言われる長期景気低迷等による国をはじめ、地方自治体等が減少し、少子・高齢化に伴う老人医療費の増加などにより国、地方自治体の借金は
700兆円を超える中に、自主財源の乏しい沖縄県は財政運営が一段と厳しい状況にあります。


今後は、沖縄県知事や各市町村長がさらにリーダーシップを発揮して頂いて、健全なる財政運営に期待をしているところであります。

沖縄経済同友会と致しましても7,8年前から一国二制度をはじめとする沖縄振興特別措置法の一部改正等による地域活性化に向けた提言を行ってきたところでありますが、引き続き沖縄の自立発展に向けた提言を積極的に展開していきたいと考えているところであります。

〔鰹t夏秋冬社発行 月刊「自治新報」20051月新春号〕



posted by 万国津梁 at 06:12| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 月刊「自治新報」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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